4年ぶりの電話
「どうしても 原さんに電話をかけて知らせてほしいと言いますので。」と4年ぶりの懐かしいお母さんの電話の声は、とても嬉しい知らせを届けてくれた。
足の悪かった 少し言葉が不自由だったHくんはアトリエで3年間を過ごして
足の手術のため退会していった。
その彼が 今回25回防災ポスターの防災担当大臣賞を頂き 今度、霞が関内閣府まで表彰をされに行くと連絡が入った。
「彼の力を引き出してくれた学校の先生のお力ですよ」と言うと、
「アトリエでたくさんの画材や素材で、思いのままいろいろなことを あの自由な空間で行ったことが子供の表現につながったんです。子供が 原さんに電話かけてというもんですから 本人に代わります。原さんの所へ行きたいと言っていましたので」
電話口の彼は もうすっかり少年になっていて 「おめでとう 良かったね」というと「ありがとうございます。」と 電話口で照れ笑いが聞こえた。
12歳の彼は 今年中学になるという。
癇癪を起していた彼の顔 原さんの顔と1年間かき続けてくれた顔シリーズはいまだに記憶に残っている。笑みを浮かべた幼顔が浮かぶ。よく泣いていた顔も思い出す。
ネットで作品を見るとしっかりと顔が描いてあった。
コラージュをしてるときがとても楽しそうだったようにその作品も コラージュが施されていた。
年月がたち このアトリエで過ごした日々の延長に こうして電話をしてくれる親子がいてくれることへの感謝で胸を打つ。
あまり話していると 次から次に彼との思い出がよぎり涙が出そうになる。
「元気で頑張ってな」それが精いっぱいの言葉だった。
この十年、自由な空間を提供することに専念しながら、これでいいのかと戸惑った日々もあった。子供たちのそれぞれの成長とともに表現とかかわって悩んだりした日々が思い起こされる。
しかし 退会してこうした電話をいただくことで やっていてよかった。と
感謝したい気持ちでいっぱいになった。
Hくんが、キャンバスにたくさんのテープを貼り電車を描いていた頃を経て、 今しっかりとした主張が感じられた作品への成長は、ハンディを生きる力に変えた強さが感じられた。
泣き虫だった彼は、もういない。
